読切(脚本)
〇新橋駅前
大谷剛「なんで泣いてるんだあんた」
薄井幸「あなたなんですか」
大谷剛「殴られ屋をしてる者だ」
何を言ってるのだろうこの人は
薄井幸「呼んでませんあっち行ってください」
大谷剛「殴られ屋をやってる理由か? 夢破れたからだ。せめてあんたみたいな人を救いたいと思ってな」
薄井幸「聞いてませんが?」
変人に構っている心の余裕はない。
数年付き合っていた彼氏と別れたばかりだ。
もう何もかもどうでもいい。
ーー死にたい。
大谷剛「あんた何か悲しいことがあったんだろ? 俺を殴ってスッキリしてみないか? 安くするぞ?」
薄井幸「ほっといてください」
大谷剛「でも、もう話しかけちまったしなぁ」
ため息とともに手を引かれる。
薄井幸「え? ど、どこに。放っておいてくださいって」
大谷剛「放っておいて死なれでもしたら寝覚めが悪いんでな」
・・・なんなのこの人。
〇広い公園
駅前から五分の公園には誰もいなかった。
大谷剛「昼間は俺をボコそうとするガキんちょ達でいっぱいなんだけどな」
薄井幸「あの?」
大谷剛「はいどうぞ」
薄井幸「は?」
大谷剛「ほら、グローブつけて。 スッキリしなかったら料金はいらない。 さあ、こい!」
薄井幸「あ、あなた、いつもグローブ持ち歩いてるんですか?」
違う私、そこじゃない。
大谷剛「ほら、打ってこい! どうした!」
薄井幸「ち、近い近い!」
大谷剛「いいパンチだ! 素質あるぞ!」
薄井幸「意味が分かりません! だから近いって!」
大谷剛「そうだ! ワンツー!」
薄井幸「この! この!」
大谷剛「悩みも一緒にぶん殴れ! あんたはなんで泣いていたんだ!」
薄井幸「だ、だってあいつ、浮気してたの! 私とは遊びだったの!」
大谷剛「そうだ! ぶちまけろ!」
薄井幸「私は本気だったのに、お金だって将来のためって毎月!」
大谷剛「もっとだ! 嫌なこと全て俺にぶつけろ!!」
薄井幸「全部嘘だったの! 信じてたのに! 私は愛してたのに! 結婚まで約束したのに」
大谷剛「気合が足りないぞ! こい!!」
薄井幸「馬鹿やろおおお!」
出したことのない叫び声と共に、右ストレートを突き出す。
大谷剛「ぐっ!?」
薄井幸「す、すみません顔に」
彼はすぐに立ち上がった。
大谷剛「感情のこもったいい右ストレートだったぞ!」
薄井幸「ふふ、変な人です」
でも、悪い人じゃなさそう。
大谷剛「やっと笑顔になったな。すっきりしたろ? こういう時は動いて発散するに限る」
薄井幸「はい、ありがとうございます」
薄井幸「あの、鼻血出てますけど、大丈夫ですか?」
大谷剛「大丈夫だ。鍛えてるから」
薄井幸「鼻って鍛えられるんですか?」
大谷剛「気合と根性で」
薄井幸「そ、そうですか」
本当に?
大谷剛「それじゃ」
薄井幸「あ、待ってください。お金」
大谷剛「元プロボクサーの俺をダウンさせたんだ。タダでいいって」
薄井幸「プロボクサーさんだったんですか!? で、でも簡単に倒れたような」
大谷剛「わ、わざとだよわざと!」
薄井幸「なんかすみません」
大谷剛「同情はやめてくれ」
薄井幸「でもプロの方なら、コーチ代?として尚更もらってください」
私は改めて一万円を渡そうとする。
大谷剛「いや、プロとして受け取るわけにはーー さらば!」
薄井幸「え。 ま、待ってください! お金!」
〇飲み屋街
裏路地の居酒屋通りでやっと追いついた。
大谷剛「な、なんで追いつけるんだあんた。 昔なにかやってた?」
薄井幸「少し陸上部で。 それより料金、受け取ってください」
大谷剛「わかってくれ。 お金受け取ったら、俺の元プロボクサーとしてのプライドがずたずたになるんだわ」
な、なるほど。
薄井幸「それで逃げたんですね。 それは失礼なことを」
さすがプロ。心構えが違う。
ぐ~。
・・・・・・
大谷剛「だ、だけど、ご飯くらいなら奢られないでもない・・・ぞ?」
プロの心構えはどこに?
薄井幸「あ、ぜひ、おごらせてください」
佐切益男「お~。いいとこに、都合のいい女がいるじゃーん。金貸してよ~」
大谷剛「うわ、酒くさ・・・誰この人知り合い?」
なんでこんなところでこいつに。
薄井幸「し、知らない人です。 行きましょう?」
佐切益男「おい、無視すんなよ~。元彼の頼みだろ? ちょっとでいいからさ~。彼女に小遣いやりたいんだよ~」
なんで私はこんな男のことを。
こんな男のせいで泣いて、
死にたいなんて思って。
佐切益男「おい聞いてんのかよ!」
薄井幸「殴られ屋さん!?」
大谷剛「いいから、ここは俺に任せろ」
薄井幸「任せろって血が」
佐切益男「なんだお前?」
大谷剛「この人にご飯をおごってもらう者だ。 殴るなら俺を殴れ」
確かにおごるけども、脈絡!
佐切益男「部外者だろが、引っこんでろや!」
薄井幸「殴られ屋さんやめてください! いいんです。もう、殴れないで!」
大谷剛「大丈夫だ。問題ない」
薄井幸「嘘です! そんなに血が!」
大谷剛「安心しろ! あんたの想いのこもったパンチに比べたらこんな軽いパンチ効きゃしねえよ!」
どうして、この人はこんな私なんか
佐切益男「おらあ!」
大谷剛「効かねえ、効かねえなぁ」
佐切益男「な、なんなんだよお前は!」
大谷剛「俺はただ彼女に笑顔であってほしいだけの、殴られ屋だ!」
薄井幸「殴られ屋さん・・・」
大谷剛「お前も俺を殴って笑顔になれ!」
薄井幸「殴られ屋さん!?」
私の感動を返して!
佐切益男「ひいい!? 変質者!!」
大谷剛「くっ、笑顔にできなかった」
薄井幸「だ、大丈夫ですか? ケガは」
近づくと、彼はその場に座り込んだ。
大谷剛「気にすんな、きゃんきゃん吠える子犬に噛まれた程度さ」
薄井幸「犬にかまれるのって結構痛いんじゃ」
大谷剛「い、痛くない」
絶対にやせがまんだ。
薄井幸「ありがとうございます。 私の為にそんなになってまで」
大谷剛「当たり前だろ。だってあんたは俺の大事な」
薄井幸「だ、大事な?」
大谷剛「ご飯をおごってくれる人だ」
ステキな彼ですね、読んでいる私も笑顔にさせられます!シリアスとコメディタッチが交互にきて、感情のいろんなところをくすぐられましたw
かっこいい彼ですね。
殴られ屋なんて、普通の人では務まらないと思いましたが、プロボクサーならなるほどと。
でも、人を笑顔にするお仕事は素晴らしいと思います。
かっこいい人だなあ。
メンタルも殴られ上手?!笑
今会った人に、そこまでできるのも中々凄いなぁとは思いますが、困ってる人を見過ごせない優しさを感じました!