紅は愛より出でて愛より深し

田中なも

***(脚本)

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田中なも

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〇公園の砂場
  私が彼と出会ったのは、何の変哲もない団地にある、何の変哲もない公園だった。
彼「よぉ」
  彼は私を見て、優しい笑みを浮かべた。
わたし「・・・おじさん、だれ?」
彼「おいおい、 「おじさん」ってのはひでぇなぁ・・・」
  彼は、自分のことを「俺」と言った。
  この公園の近くに、住んでいるらしい。
わたし「ねぇねぇ、「おれ」さん あたしといっしょに、花かんむりつくろ!」
彼「ああ、いいぜ 何なら、とびっきりのやつ、作ってやるよ」
  初めて会った、あの日から。
  私は彼と、学校帰りに遊ぶようになった。

〇渋谷駅前
彼「よーし! 今日は、映画館に連れて行ってやるぞ!」
  今思えば、知らない男と映画館なんて、不用心にもほどがある。
  けれど私は、彼にとても懐いていた。
わたし「あのね、あのね! あたし、「プリティー♡ヒロイン」が見たい!」
彼「ぷり・・・、何だって?」
わたし「プリティー♡ヒロイン!」
  彼、何故か流行に疎くて・・・。
  有名なアニメとか、CMのテーマソングとか、そういうものを全然知らなかった。
彼「まぁ、いいや それ、見に行こうぜ」
わたし「うん!!」
  彼と一緒にいると、心の奥が軽くなるような、そんな不思議な気分になった。
  ・・・きっと私、彼のことが好きだったんだね。

〇劇場の座席
  映画の内容は、至ってシンプル。
  可愛いバトルヒロインが、敵方の吸血鬼を倒すストーリーだった。
わたし「うぉぉぉぉぉ!! がんばれ、プリティー♡ヒロイン!!」
彼「おぉ・・・ 盛り上がってんなぁ・・・」
  彼は映画の内容そっちのけで、ずっと私のことを見ていた。
  そして、エンディングが流れ始めると、そっと私に話しかけてきた。
彼「映画の内容じゃないけどさ もし、目の前に吸血鬼が現れたら、 おまえはどうする?」
わたし「もちろん、たおすよ! プリティー♡ヒロインみたいに、パンチする!」
彼「・・・そうか」
  彼はそれ以上、何も突っ込まなかった。
  ただ、「帰るか」とだけ言って、そっと席を立った。

〇公園の砂場
わたし「あーあ! おそくなっちゃったー!」
  その日、私は。
  委員会の活動が長引いて、公園に着いたのが夜になってしまった。
わたし「・・・「おれ」さん、どこにいるのかな?」
  いつもとは違う、夜の公園。
  ・・・背後から近づく怪しい影に、私は全く、気がつかなかった。
わたし「──っ!?」
???「んふふ・・・可愛いねぇ・・・ おじさんと一緒に、楽しいこと、しよっか」
  頭の裏をよぎったのは、朝のテレビで流れていた、「誘拐犯」の三文字。
  ・・・私もこのまま、捕まってしまうのだろうか?
わたし「たす・・・けて・・・! プリティー・・・ヒロイン・・・!」
  私は思わず、プリティー♡ヒロインの名前を呼んだ。
  誰でも良いから、助けてほしかったんだ。
???「・・・ああ、いいぜ 助けてやるよ」
彼「ただし、あんまりじろじろ、見るなよ」
  ・・・それは、間違いなく、彼だった。
  誘拐犯の首に齧りついて、流れる血を吸い取っていた。
わたし「あっ・・・」
  ・・・思い出したのは、プリティー♡ヒロインの吸血鬼。
  鋭い牙で血を吸って、赤い液を垂らしていた。
わたし「やっ・・・!! いやぁぁぁぁぁっ!!」
  ・・・私ったら、バカだったな。
  彼は私のことを、助けてくれたのに。
  私はその場から、逃げ出してしまった。
  そして、その日以来。
  私の前に、彼が現れることはなかった。

〇劇場の座席
  ──そして今、私は。
  人もまばらの映画館で、たった一人、「プリティー♡ヒロイン」のリメイク版を鑑賞していた。
私「・・・懐かしいな」
  ド派手な必殺技を出す、可愛いヒロインたちも。
  怪しいマントに身を包んだ、敵方の吸血鬼も。
  何もかもが、昔のままだった。
私「でも、私は違う・・・ 変わっちゃったよ、何もかも・・・」
  当たり前のことを、当たり前のように呟いてみる。
  変わらない人間など、どこにもいないのだから。

〇ネオン街
私「あーあ・・・ すっかり遅くなっちゃったな・・・」
  駅前の映画館から、会社近くのアパートへ。
  かつて、彼と二人で行った映画館も、今では全く、帰る方向が違う。
私「ねぇ、「俺」さん 私はこんなに、大きくなったよ」
  花冠を作ったことも、ヒロインごっこに付き合ってくれたことも。
  全部ぜんぶ、覚えている・・・
私「だから、お願い・・・! もう一度だけ、私の前に、現れて・・・!」
  大人げなく、私は泣き崩れた。
  彼の笑顔を、思い出して。
???「・・・ああ、いいぜ」
彼「ただし、ほんの少しだけ、な」
  何年経っても、彼は全く、変わっていなくて。
  だからすぐに、人間ではないと分かった。
私「会いたかった・・・!! 会いたかったよぉ・・・!!」
彼「・・・おいおい そんなに泣きじゃくって、本当に大人になったのか?」
  彼は昔と同じように、春風みたいに優しく笑って。
  私の背中に手を回して、ぎゅっとしっかり、抱き締めてくれた。
彼「・・・悪かったな 怖い思いを、させちまって」
私「違うの・・・! 私が、バカだったの・・・!」
  泣きじゃくりながら、私は言った。
  「これからはずっと、私の傍にいてほしい」と。
彼「・・・言ったろ? 「ほんの少しだけ」って」
  「俺は、吸血鬼だから」
  ずっと一緒には、いられないと。
彼「だから、これでお別れだ」
  彼は私の首筋に、そっと小さく、甘噛んだ。
  それは、大人の息遣いだった。

コメント

  • すごくおもしろかったです!
    吸血鬼と少女の間にはどんな感情がわいてたのか?とも思いましたが、大人になった少女からは恋慕を感じました。

  • 一人称で語りながら進んでいくのが、すごく印象的でした。せつなくも温かい印象に残る話でした。

  • 作中から漂う不思議な空気感がたまらないですね。少女のわたしと、不思議な彼との世界が、普通のお遊びでもちょっぴり幻想的で引き付けられます。

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