読切(脚本)
〇男の子の一人部屋
午後八時五十八分
ピコーン
海東 圭吾(ん、推しからの告知だ。なになに──)
海東 圭吾(『第1回『キュンとする話』コンテスト』?)
海東 圭吾(受賞作品は推しに朗読してもらえる!?)
海東 圭吾「これは応募するしかない!!」
〇公園のベンチ
数週間後の午前九時
海東 圭吾「──そう意気込んだものの、何も思いつかないまま時間だけが過ぎてしまった」
北大路 遥「へぇ」
海東 圭吾「悲しいかな俺は『キュン』を表現する術を持っていない。圧倒的な経験不足故に」
北大路 遥「そうだね」
海東 圭吾「そこでだ遥。今日一日『キュン』を知るための手伝いをして欲しい」
海東 圭吾「具体的にはこう、街を一緒に歩いたりお洒落なカフェで食事をしたり──」
北大路 遥「オッケー。デートってことね」
海東 圭吾「で、でーとぉ!?」
海東 圭吾「ち、違うぞ!! 断じてそんな下心が含まれるような物では──そう、これは取材だ。取材!!」
海東 圭吾「大体幼馴染にそんな──」
北大路 遥「はいはい、じゃあ取材に行きましょうか、圭吾先生」
〇雑貨売り場
午前十時
北大路 遥「いやー、やっぱり雑貨屋って見てて飽きないね」
海東 圭吾「そうか? よく分からないな」
北大路 遥「もー、そんなんじゃキュンのなんたるかなんて到底わかりっこないよ」
海東 圭吾「雑貨屋に長時間居ても平気になればキュンが分かるのか!?」
北大路 遥「いや、そうじゃなくて」
北大路 遥「一緒にいる女の子が真剣に商品選んでる姿とかさ、そういうの見てキュンってするもんなんじゃないの?」
海東 圭吾「なるほど」
海東 圭吾「じー」
海東 圭吾「じろじろ」
北大路 遥「そこまで凝視しろとは言ってない!!」
北大路 遥「あと擬音をいちいち口にしない」
海東 圭吾「わ、分かった。気をつける」
海東 圭吾(──ふむ、遥はねこ雑貨が好きなのか)
海東 圭吾(おぉ、顔が綻んだ。きっと今手にしたキーホルダーが相当気に入ったのだろう)
海東 圭吾(おや? 今度は別のキーホルダーを手にして先程のキーホルダーと見比べているぞ)
海東 圭吾(俺なら推しのグッズは実質無料だからと迷わず両方買うが、遥はそうではないんだな)
海東 圭吾(しかし、このままではキーホルダー選びで一日が終わってしまいそうだな)
北大路 遥「──ねえ、どっちが良いと思う?」
海東 圭吾「えっ──」
海東 圭吾(なんだ、今の──)
海東 圭吾(見慣れた幼馴染の顔なのに、何かこう──)
北大路 遥「もしかして怒ってる?」
海東 圭吾「あ、いや、そうではなくて──」
海東 圭吾「そ、そうだ!! 今日のお礼もあるからな。両方俺が買おう!!」
北大路 遥「ホント!? ありがとう!!」
〇カウンター席
午前十一時半
北大路 遥「良い雰囲気だねえ。こんなお店どこで知ったの?」
海東 圭吾「ああ、推しがSNSで上げた写真を見て知ったんだ」
海東 圭吾「さすが俺の推し。店選びのセンスまでも図抜けている」
北大路 遥「圭吾は推しのことが大好きなんだねえ」
海東 圭吾「当然だ。今回だって推しに俺の書いた作品を朗読して貰いたい一心で取材しているわけだからな」
北大路 遥「そうだったね。それでキュンについて何か分かった?」
海東 圭吾「んー」
海東 圭吾(遥がキーホルダーを二つ持って振り向いた時のあの感覚は『キュン』だったのだろうか?)
海東 圭吾(遥の言うとおりならキュンなのかもしれないが、本当にそんな些細な事で心揺さぶられるものなのだろうか?)
海東 圭吾(それともあれは『キュン』とは別の感情だったのだろうか?)
北大路 遥「あー、まだ分かってないってことね」
海東 圭吾「残念ながらそうらしい」
北大路 遥「いいよ。キーホルダーも買ってもらったことだし今日はとことん付き合うよ」
北大路 遥「じゃあ午後からは──」
〇ゲームセンター
午後一時半
海東 圭吾「ゲームセンターか」
北大路 遥「私こう見えてクレーンゲーム得意なんだよね」
海東 圭吾「なんだかそのセリフ、フラグのような気がするが?」
北大路 遥「大丈夫大丈夫。圭吾の分まで取って来るから!!」
海東 圭吾「──あれは絶対大丈夫じゃないだろうな」
海東 圭吾(キーホルダーで悩むくらいだ。懐事情も芳しくないだろうに)
〇ゲームセンター
午後一時四十五分
北大路 遥「おかしいなあ、前は取れたのに」
海東 圭吾「いや、それじゃ一万円注ぎ込んでも取れないぞ」
北大路 遥「じゃあ圭吾なら取れるの?」
海東 圭吾「うむ──そう言われるとやらざるを得ないな」
海東 圭吾「こういうのはアームの形状をしっかり確認してだな──」
海東 圭吾「こうして──」
海東 圭吾「こう!!」
北大路 遥「嘘!? 一発!?」
北大路 遥「圭吾ってばこんな特技があったなんて、逆にこっちがキュンとしたよ」
海東 圭吾「お、おう」
海東 圭吾(なんだ? また──)
北大路 遥「あ、折角だしプリ撮ってこー」
海東 圭吾「プリ?」
北大路 遥「ほらこっち!!」
〇観覧車のゴンドラ
午後四時四十五分
北大路 遥「ほらほら圭吾先生、ド定番胸キュンスポットの観覧車だよ」
海東 圭吾「う、うむ」
北大路 遥「あれ、高いところダメだっけ?」
海東 圭吾「いや、そういうわけでは──」
北大路 遥「キャッ」
海東 圭吾「うぉっ」
向かい合って座っていた二人は、ゴンドラが揺れたはずみで体勢を崩し、お互いの肩を掴み抱き合うような形になった。
海東 圭吾(ち、近い近い!!)
海東 圭吾(この距離は無理だって。ただでさえ緊張して──)
海東 圭吾(──なんで俺、緊張しているんだ?)
北大路 遥「ご、ごめん」
海東 圭吾「あ、いや。こっちこそ」
海東 圭吾(駄目だ。さっきので余計意識してしまって言葉が出て──)
北大路 遥「──やっぱり幼馴染の私じゃ参考にならないよね」
海東 圭吾「へっ!?」
北大路 遥「今回は駄目だったけど、今度協力してくれそうな友達連れて──」
海東 圭吾「いや、駄目じゃない」
北大路 遥「え、いつキュンとしたの!?」
海東 圭吾「正直、自分でも確証は無いが──」
海東 圭吾「キーホルダー、どっちが良いか聞いてきた時とクレーンゲームで褒められた時と──」
海東 圭吾「──ってなにをそんなニヤニヤしているんだ」
北大路 遥「私でも圭吾をキュンとさせられたんだなあって」
北大路 遥「なるほど、観覧車に乗ってから妙に大人しかったのもそういうことね」
海東 圭吾「それはっ──」
海東 圭吾(──否定したいところだが)
海東 圭吾(多分『そういうこと』だと認めざるを得ない、か)
この一日のお陰で、圭吾は無事応募作品を完成させることができたという。
軽快な二人のやりとりが面白くて、どんどんタップしてしまいました!
擬音を声に出す彼に笑わされました〜(笑)
最終的には何度もキュンとしてしまうこんなちょっとした疑似デート(?)から、この二人のお付き合いは始まるのか、それとも元に戻ってしまうのか……こんな距離感って素敵だなぁと思いました。
ともあれ、彼はコンテスト間に合って良かったです!
胸がキュンとする瞬間って、思いがけずにやってくるものですね。だから特別な感情なんでしょうね。二人のように些細な事でキュンが生まれるということは、幼馴染といえどもお互いに好きという要素があったのかもしれないですね。
彼女と一日一緒にいて、キュンが見つかって良かったですね。
好きな人といるとキュンはよくあると思うんですが、彼は無自覚だったみたいで!