はつこい

momo0923

読切(脚本)

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〇古びた神社
  小さい頃、私は「カミカクシ」にあったらしい。
  
  母の出身の田舎の集落。
  八月の、暑い夏の日だった。
  毎年のように訪れ、夏を過ごすその小さな町は、子供の私にとって格好の遊び場だった。
  従兄弟たちと蝉を追いかけ、浅い川で泳ぎ、花火をする夏の日々は忙しく過ぎていく。
  そんなある日。
  
  もう日が暮れる時刻。
  私は一人こっそりと、集落の外れにある谷川へ急いでいた。
  その浅瀬に皆で仕掛けた罠の中に、魚が入っているかどうしても気になってしまったのだ。
  川へいくには、途中で小さな祠の前を通らなくてはならなかった。
  祠に軽く会釈し、通り過ぎようとしたその時。
私「──あれ?」
  一瞬、何かが光った。
  気になって、祠の前に戻ってみる。
  何だろう?
  
  好奇心から、祠を注意深く覗き込む。
  そして私は目を輝かせた。
私「・・・わあ!」
  そこには小さいけれど、とても綺麗な乳白色の石があった。水晶なのだろうか、陽の光にすかしてみると反射して一層輝いた。
私「きれーい・・・」
  キラキラと輝くそれに夢中になり、うっとりと眺めていた。
  
  どのくらいそうしていただろう。
私「・・・あれ?」
  ふと気づけば、側にあった小さな祠は消えていた。
  
  目の前には、見覚えのない古びた神社。
私「・・・え?」
  慌てて辺りを見回す。
  
  見知らぬ神社の境内に私は立っていた。
私「・・・どこ?」
  掌の中の石をぎゅっと握り締め、私は立ちつくす。
  どうしよう、どうしよう。
  
  泣き出しそうになったその時。
青年「──子供?」
  訝しむような声。
  
  はっと顔を上げると、背の高い青年がそばに立っていた。
青年「どうやってここに来たの? 君、迷子?」
  鋭い声に、私は動けなくなった。
  青年が困ったようにため息をつく。
青年「──頼むから泣かないでほしいんだけど」
青年「大丈夫だよ。おいで」
  青年は手を差し出した。
  私は戸惑いながらも、その手を取った。

〇山道
青年「──なるほど。それ、触っちゃったのか」
  青年は呟く。
  叱られたような気がして、俯いた。
私「ごめんなさい。きれいだったから・・・」
青年「・・・いや、別に怒ってないよ。君は呼ばれただけだからね」
  そっけない口調と裏腹に、青年はゆっくりと足を進める。
私「・・・? この石、もとのところに戻したらいい?」
青年「──いや、君にあげる。持っていて」
私「・・・ほんと?いいの?」
青年「いいよ──君の場合はそういうこと、だから」
私「・・・? ・・・ねえ、おにいちゃんは、だれなの?」
青年「僕?そうだね──ここに住んでる人、かな」
私「ここに?ひとりなの?どうして?」
  青年は答えず、不意に微笑んだ。
  とても綺麗な人だ──胸がどきん、と高鳴った。

〇山道
  しん、と静まり返る道をいく。
  
  奇妙なほどに静かなのは、蝉の鳴き声が全くしないからだと今更気づき、少し怖くなった。
  それだけではなかった。
  真夏のはずなのに、少し寒いくらいの風も吹いている。
  ざり、と私たちの足音だけが響いていた。
青年「大丈夫だよ、僕がいるから」
  私の不安に気づいたのか、青年は繋ぐ手の力を少し強くした。
私「・・・ねえ、おにいちゃん?」
青年「ん?」
私「ここは、どこ?とおいところ?」
青年「遠いと言えば遠いし、近いといえば近いところ、かな」
青年「だから大丈夫。今は帰れるよ」

〇村に続くトンネル
青年「──じゃあね」
私「ねえ、また会える?」
  青年は苦笑して、私の頭を撫でた。
青年「・・・そうだね、もちろん」
私「やくそくだよ!」
  青年の手が、そっと私の瞼を覆った。
青年「またね──待ってるよ」
  大人になったら、おいで。
  
  青年が耳元で囁いた。
  目が眩むような感覚。
  
  鼓膜を破るかのような大音量の蝉時雨に、はっと私は我に返った。
  私は小さな祠のそばに立っていた。
  家に帰った私を、両親は少しだけ叱った。
  
  迷子になっていたのは、少しの時間だったらしい。
  そうだ、と私ははたと気づく。
  
  ──ありがとうを言い忘れてしまった。

〇山中の川
  あの不思議な夏から、何年も何年も経った。
  私は毎夏、この集落を訪れた。
  
  あの日のことを思い出さない年はなかった。
  お盆が近づくにつれ、小さなこの町も少しずつ活気付いていく。
  
  蕩けそうな熱気の中、私はゆっくり歩く。
  陽が落ちて間もない時刻。
  あの時も、そうだった。
私「(──会いたいなあ)」
  私は呟く。
  
  あの時の、彼に。
  
  熱に浮かされたように、その想いが頭から離れない。
  集落の外れの方に足をすすめる。
  
  谷川のそばの、小さな祠。
  一礼して、手を合わせた。
  
  そして、お守りがわりのあの時の石をぎゅっと握り、目を閉じる。
私「(今年こそ、どうか──)」
  その時、さあっと涼しい風が吹いた。
  同時に、誰かの気配を感じた。
  そして、音が消えた。
  私は息を呑んだ。
  予感とともに、振り返る。
  そこにいたのは、記憶の中と寸分違わない美しい姿の青年だった。
青年「君は──」
  青年は私を見据えて、薄ら笑みを浮かべた。
青年「──大きくなったね。人間の子供の成長は、本当に早い」
青年「──待ってたよ。 やっと、会えた」
  青年はそう言って、私に手をさしだす。
  反射的にその手を取った私を抱き寄せ、青年は囁く。
青年「──今度はもう帰れないけど──いいね?」
  私は青年を抱き返しながら、ただただ黙って頷いた。

コメント

  • その場の空気感、風の流れや音まで伝わってくるような臨場感に引き込まれてしまいました。読後の余韻も楽しめる、素敵な作品ですね。

  • 彼が誰だのか、その正体はわからないものの、神聖で穏やかで純粋ななにかを感じました。石にはエネルギーが宿ると言われていますので、石が彼との出逢いに導いてくれたのかもしれませんね。

  • 確かにあり得そう…
    特に神秘的な場所だとそんなふうに考えてしまうこと、誰しもありますよね。
    私も連れ去られたい願望がでてしまいました笑

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