第五話 「幸福の裏側」(脚本)
〇本棚のある部屋
凄まじい勢いで扉が叩かれている。
きっと廊下には、たくさんの人たちが詰めかけているのだろう。
『1309号室の娘』、小春に血を流させるために。
小春は私に向かって悲しく微笑む。
小春「・・・私、最後はこの部屋にしようってずっと思ってたんだ」
小春「この部屋には、パパが死ぬまでの思い出がたくさんつまってるから」
夏菜子「・・・そんな、死ぬなんてダメだよ!」
小春「こうでもしないと、マンションの人たちは収まらないよ」
小春「それに・・・これが私にできるせめてもの罪滅ぼしなんだ」
そう言って静かに笑う小春の顔は、笑っているのに、泣いているように見えた。
外からは狂騒が聞こえてきており、このままだと扉が破られるのも時間の問題だろう。
秋雄さんの声も聞こえる。
秋雄「小春! やっぱりてめえが元凶だったんだな!」
秋雄「死ね! 俺たちのために死ね!」
夏菜子「・・・そもそも、元はと言えば秋雄さんのお父さんのせいじゃないですか!」
小春「・・・何を言っても無駄だよ」
小春「この人たちは、自分が信じたいものしか信じないんだから」
小春「もう、私はいいんだ。 夏菜子だけでもなんとか逃げて」
夏菜子「そんな、ダメだよ! 一緒に逃げようよ!」
とは言ったものの、廊下には狂った住民たちが大勢いて、ここから逃げる術など存在しないかのように思われた。
小春「・・・お父さん、私も、もう少ししたらそっちに行くからね」
夏菜子「そんなの、小春のお父さんも望んでないよ!」
小春「・・・そんなことないよ」
小春「お父さんだって、天国で私と一緒に過ごしたいはず──」
夏菜子「そんなわけない! いいから、早く逃げよう」
小春「私はいいって言ってるでしょ! ほっといてよ!」
小春に突き飛ばされた私は、転倒し、その拍子に壁際の本棚にぶつかってしまった。
夏菜子「いつつ・・・ん? これは・・・?」
棚からたくさんの本が零れ落ち、その中に手帳があった。
私は手帳の中身を確認していった。
すると・・・。
小春「ああ・・・早くお父さんに会いたいなあ・・・」
夏菜子「『小春へ、小春、弱いお父さんでごめん』」
小春「え・・・?」
夏菜子「『でも、君は諦めずに生きてくれ。 必ず、僕の分まで、そう約束してくれ』」
小春「な、なんなのそれ」
夏菜子「さっき本棚から落ちてきた本の中に、手帳があったの」
夏菜子「ほとんど、住民への恨みが書いてあったけど・・・」
夏菜子「そのカバーをめくったところにこれが書いてあった」
小春「うそ・・・そんなの・・・知らない」
小春は、飛びつくように私から手帳を奪い、噛みしめるように何度も、遺された言葉を読んでいた。
小春「う・・・お父さん・・・」
小春はその場で泣き崩れ、しばらく動かなかった。
だが、顔を上げた時にはその目には確かに生気が宿っていた。
小春「・・・私、馬鹿なことしてたね。 お父さんのためにも生きないと」
小春「・・・私がしたことは、許されることではないかもしれないけど・・・」
夏菜子「それでも、罪を償って生きよう! 私、小春ちゃんのことずっと待つから」
小春「ありがとう・・・」
だが、そうするためにはまず、ここから生きて脱出しないといけない。
扉はこじ開けられる直前という状態だ。
夏菜子「どうにかして逃げないと・・・。 何か方法は・・・」
小春「・・・そうだ、あれを使うのはどうかな?」
そう言って小春が指さしたのは、マンションのシンボルツリーだった。
1309号室のベランダから飛び移ることもできそうだ。
夏菜子「いいかも。木を伝って下まで降りよう」
小春「わかった。 落っこちないように気を付けようね」
小春「私が先に行くから、ついてきて」
ベランダから手を伸ばし、移動し、私たちはゆっくりと木を降りていった。
〇木の上
夏菜子「うう・・・地面はまだまだだね」
小春「ゆっくり焦らず進もう」
夏菜子「うん・・・」
だが、その時、 1309号室に突入した住民たちが、ベランダから身を乗り出し、私たちの方を見ていることに気づいた。
夏菜子「た、大変! 気づかれた! 早く降りないと!」
小春「だめ! 焦ると手を滑らせるよ!」
夏菜子「で・・・でも・・・あっ──」
動揺した私は手を滑らせ、そのまま下にいた小春を巻き込んで落下していった。
頭に浮かんできたのは、マンションに引っ越してきてからの平穏な毎日。
なんでこんなことになったのかと考えながら、私の意識はどんどん薄れていく・・・。
〇病室のベッド
夏菜子「う、うーん・・・」
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一気に読んでしまいました、怒涛の流れに最後の最後でゾッとする展開…!!ひぇー!!ってなりました!凄く面白かったです!!